清浦奎吾
清浦奎吾
第23代内閣総理大臣は清浦奎吾である。
清浦奎吾は嘉永3年(西暦1850年)肥後の僧侶の家に生まれている。司法省に入り司法官僚を務めるが、その働きが山県有朋の目に留まり彼は山県の側近となる。山県の引き立てで順調に出世の階段を昇った清浦奎吾は司法大臣、農商務大臣、枢密院議長といった要職を歴任し、大正13年(西暦1924)には総理大臣に就任している。しかしその組閣ではほぼ全閣僚を貴族院議員で固め、それに反発して起こった第2次護憲運動により衆議院を解散、総辞職した。清浦奎吾は昭和17年(西暦1942年)92歳で亡くなっている。
在職期間は1924年。
出生地:熊本県